2007年04月29日

体脱気分

ヘミシンクのCD、マインドフードSuper Sleepを聴いて横になっていた時のこと。
寝不足状態で、一応目的としては、短時間、ぐっすり眠ろうというものだった。
雑念・妄想に耽っており特に何かイメージワークをしてたわけでもなく、なんとなく適当なイメージをもてあそんでいた感じ。

眠りに陥りそうなぼんやりした状態の中、突然視点が上空に移った。
体脱らしいプロセスなどは一切ない。
床で寝てることははっきり意識している。
しかし、そこから上空を想像、イメージしている時の感覚とは違う。
確かに、視点、あるいは意識が上空の異空間に移ったという実感がある。

意識、あるいは知覚のバイロケーションというのはこういうものなのかな。
意識が二つに分かれる。あるいは、意識が二つの空間を内包するのか。
視覚だけがそういう状態になり、他の感覚はもとのままだ
とにかくそういうのの実感がある。

そうだ、確かに上方のなにかの空間を見ると言うか、そこを漂うような妄想に耽っていた。イメージで遊んでいた。
その途中での出来事だった。

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2007年04月27日

お金もエネルギーなら

お金エネルギーなら、例えばヒーリングエネルギーに対する見方と、お金に対する見方は本質的に同じはず。

ヒーリングエネルギーチャネルし、ヒーリングする。
あるいはヒーリングエネルギーをキャッチして他者と共有する。
これを金銭の収支の用語に置き換えても同じ。
関係者双方に、癒しが起こり、利益が生まれる。

また、例えばを取り入れ、周天し、温養する。あるいは丹田にためたりすることもある。
このことの目的と、お金を同じようにすることの目的も、同じようなものだろう。

違いはどこ、あるいはどこに。

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2007年04月26日

夕暮れ憂鬱、Eternity Within

ようやくメタミュージックの「Eternity Within」を買っててよかった、と思えた。
なんとなくメランコリックな気分だったので、イヤホンでこれを聴きながら、ゴロン。

IMG_1595こんな情景から始まる感覚。
もちろん、もっと自然な場所でのことだけど。
そして夜の帳が降りて星々が現れるようなところへ。

だんだんと憂鬱な気分の重さが、拡散されて軽くなっていく感覚を味わった。
別になんのワークもやってない。
ただ、聴いてただけ。
雑念のセーブさえしてない。
導入の時点でのある程度の雑念は、むしろ集中儀式とさえ言っていいのかもしれないと思いはじめた。

そう、ヘミシンクはまだやってる。
というか最近、また聴きはじめてる。

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朝、締め切った部屋に蜂がいた。
どっからやってきたんだろうと、不思議に思いつつ、いるものは仕方なく、窓を開けて追い出した。

しばらくすると、「ブンブン」というあの唸るような羽音が、こもった感じで聞こえてきた。
それは次第に大きくなり、エアコンから蜂が飛び出してきた!

エアコンに蜂の巣!?
いや、そんなはずはない、と動揺を打ち消しつつ、窓を開けて追い出す。
少しの間、窓の外で飛んでいる音が聞こえたが、やがてそれもなくなった。

んが、またどこからから、あの唸るような羽音が・・・

3、4回こんなことを繰り返した。
どうも室外機から入って来てるみたいだ。
そしてパイプを通って・・・

信じられん異常事態に感じた。 なんかのサインだろうか。
でも、蜂がエアコンから出てくる神話なんて知らない。

なんらかの象徴体系によれば、蜂もどこかに配当されうるんだろう。
もちろん、エアコンだって。
オケラだって。
アメンボだって。
でも僕にはこのことが、先延ばしにしてる、とあることの実行を勧めるようなものに感じられた。
しかし、その結びつけにはなんの正当な理由もない。

結局何か。
徴の解釈は重要。
一方で、徴として現れたアラートを、自分が、何に結びつけて利用したいか、という視点もアリなんじゃないかと。

や、ヴィジョン象徴の解釈に、一般的な意味とパーソナルな意味があるように、現実に現れてくる徴にも、パーソナルな意味や効果があってもいいんじゃないかと。

ちなみに、先延ばしにしてたことには、取り掛かりました。

タグ:象徴 解釈
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知っていると想像してみる

知らないことを知っていると想像してみる。
できないことを出来ると想像してみる。
やりたいことを既にやっていると想像してみる。

どんな気分だろうか。
どんな風にやっているだろうか。
それを使って、さらに何をするだろうか。
自分の環境にどんな影響があるだろうか。

オーラが見えたら。
体脱が出来たら。
ガイドと思うままに交流できたら。
ヒーリングエネルギーをチャネルできたら。

内なる智恵があり、それが働いていることを信じるなら、自分がすることは「知らない、できない」と言って、その働きを邪魔することじゃない。
「知ってるふり、出来るふり」をして、その智恵がスムーズに流れ込む型をつくること、ということなんだろう。
そして共鳴引き寄せの法則によっても、能力実現する。

もしどのようにやったらよいかわからない場合でも、自分がそれをやっているつもりになって下さい("サネヤ・ロウマンパーソナルパワー」"より)

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2007年04月25日

ひらひらコネクション

またリコネクティブ周波数を使って自己ヒーリングしてみた。
今日は、痛いところに直接アプローチ。

手をひらひらさせながら、エネルギー感を維持。
患部というよりも、その上空にある手に感じる何かに意識を分け置くような。

手をひらひらさせるってのは、嫌でもそこに、少しは注意が行くので都合がいい。
患部そのものから注意を逸らせるし、逆に他のこと考えてても、手の感覚に、少しは注意が行く。
そう言えば、真氣光ヒーラーも手をひらひらさせていた気がする。

5分ほどやって、飽きてきたので、中止。
動かして痛みを確かめると、やはり効いてる。
でもなんとなく、長持ちしない感じ。
これが素人とプラクティショナーの違いということかな、と思う。

しかしこの肩と腕の痛み、こういうのの肉体的効果を確かめるのには丁度いい。
でもいい加減嫌になってきた。
やっぱり普段痛いので。

この障害を手放せるように、サネヤ・ローマンの「魂の愛」に書いてあったソーラーライトにお願いしてみよう。
全てのレベルにおける変容の光に。

より大いなるものへのお願いなんだから、この場合「〜しますように」とかでいいかな。

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2007年04月23日

リコネクティブ周波数で

以前、肩を痛めてると書いた。 実はまだ痛い。

なんとなく、リコネクティブ周波数でセルフヒーリングをやってみようという気になった。
ちなみに僕は、リコネクティブ・ヒーリングプラクティショナーではない
イブニング・セミナーでさえ、一度も行っていない。
パール医師の「リコネクション」を通読したのと、スピリチュアルTVの動画でセミナーの様子を見ただけ。
全くの部外者。

手順はこう。

  • その動画で見たエリック氏の姿を思い浮かべ、書籍のことを思い浮かべ、リコネクティブ周波数を使うという気分を高める。
  • なんとなくビリビリ感が出てきたら、それに浸る。
  • いろいろと雑念的にあらぬ事を考えたりするが、特に気にしない。
    止めもしない。
    考えるまま、イメージが浮かぶまま。
  • ただ、ビリビリ感だけは意識しておく。

そんなこんなのうちに、ちょっと寝入った。
起きると、肩の感じが変わってる。
まさか、と思って動かしてみると、痛みのない稼働範囲が実感でききる程度には拡がっていた。

こんないい加減なやり方で効果が感じられてビックリ。
ちなみに、やってるうちに浮かんできた思考イメージは、極めて極めて俗っぽいものばかり。

かといって、今後セミナーに出たり、プラクティショナーになったりする気は、ない。
少なくとも今のところは。

料金システムを縛る理由は充分納得できるけど、僕には合わない、というだけのこと。

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2007年04月22日

願望実現の文法

喜楽の会川口喜三郎氏は、念という字を用いて、「今の心」で念ずるという。
これは現在時制
アファメーションで用いられる文言は「る」で終わる、言い切る形にする、と説明される。
曰く「基に戻る」「治る」「幸福になる」である。

しかしこれは、よく見ると、「基の状態である」でも「治っている」でも「幸福である」でもない。
それぞれの状態への変化を述べている。

一方、潜在意識活用系では、現在完了形でアファメーションを作る。
「治った」「達成した」「手に入れた」などなど。
こうして、現在既にその状態であることを強調する。

この潜在意識活用形のやり方は、要は共感魔術的な、というか類は友を呼ぶ法則、波動が同じ波動のものを引き寄せる法則に則っているんだろう。
つまり、望ましい状態を達成した波動を潜在意識内に作り出すことにより、現実にその状態を引き寄せる。

現在時制系はどのような原理に基づくんだろうか。
今の念、というのは、つまり、念じている今その時に、なんらかの力が実際に作用している、ということを意味するのかもしれない。
すると、念力とかのイメージに近い。
実際、カードを使って自分のエネルギー状態を高めてからアファメーションを行うという形になっている。
力、エネルギーの働き方を指示しているのだから、過去や未来の時制ではなく、現在形なんだろう。
スプーンが曲がる曲がるやるのと同じなのかもしれない。

この場合、潜在意識活用系のように「プログラミングして後は作用するのを待つ」のではなく、念じている、今まさにその時、実現のためのエネルギーが働いていることになる。
その念じている時が勝負なのだ。

しかし、それだけで、会で話されるようなことが起こるとは思えない。
やはり、「喜楽の会」というエネルギー領域みたいなところの、なんらかのスピリットエンティティーに助力を求める、あるいはその介入を含んだものなんだと思う。
あるいは、「喜楽の会」という独特の原理の働く一つの世界、チャネルに入って行うワークだと言えるかもしれない。
前にも書いたような気がするけど、川口氏は「喜楽の会の盥(の原理)」という表現を使うし。

別に喜楽の会に限らず、こういう感じのところはそういうもんなんだろう。
それが、明らかに力点をスピリットの方に置くと、「しますように」という願望とか「するように(急急如律令)」とかいう形を取ることになる。

自分が使っている願望実現の原理を明確に意識しておかないと、混乱する。

新月の祈り新月のソウルメイキングなんかの時もそうだろう。
にお願いするんだから、現在形か、依頼、祈りの形式でいいような気がする。

新月の豊かな恵みの中でも、願いごとを実現するパワーはまるで魔法のようで、人の「自分を律する厳しさ」や「鉄の意志」の代わりをしてくれるということに、私は身をもって気づいたのです。

ジャン・スピラーの魂を知る占い - 結果:ジャンからのメッセージ-
「月が代わって○○よ」ってことなんだな。

そもそも、一体、アファメーションは、誰に、何に向けているのか。これらの工夫は、誰に向かってやっているのか。ということも問題になる。

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2007年04月19日

春は暮れも

春はあけぼのというけど、夕暮れも美しい。
紫だちたる雲はむしろマゼンダにも見える。
向こう側から照らされた雲の端が、黄金に輝いて見える。
イメージのいいサンプルになる。
今の時期は、少し目を上げると、満ちはじめた月が、微かに細く照らしだされていて美しい。

南無阿弥陀仏というと、抹香臭さの代名詞みたいなものだけどみたいに取られることも多いかもしれないけど、阿弥陀はアミターユス(無量寿)、別名アミターバ、漢訳では無量光、阿弥陀仏は無限の光をもつもの
(追加)つまり光明的存在への名号、マントラと考えると、唱える気分も変わる。
また、語呂もいい。
浄土宗や真宗の浄土三部経のうち、観無量寿経は、その光の存在者に対する瞑想を説いたもの。

では、東方の光に対する瞑想経典ってあるんだろうか?
西方極楽浄土に対して、東方瑠璃光浄土薬師如来
うーん、バトラーの本にある1日3回の日拝というのは、思ったより面白みがある。

タグ:イメージ
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イメージワーク中の視点

イメージの喚起的な手法によってイメージが展開している時。
平たく言えば、夢、白昼夢、的なイメージワークをしている時。
イメージが動きだして、「お!」と思って注目すると、途端にそのイメージがどこかにいってしまう、ということを体験した。

カスタネダドン・ファン・シリーズの夢見のところで、「夢のイメージに焦点を合わせず、どんどん視点を移動させろ、見る対象を変えろ」というようなアドバイスがあったと思う。

これは、ほんとに夢見の時だけのことじゃなく、その種のワークの時全般に使えることなのかもしれない。

見た、あるいは感じたイメージに対して、理性的な解釈が始まる前に新規なものに対象を移し、いわゆる左脳オーバーフローを起こさせる心理的なテクニック、と言えるのかも?

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淡々と軽く

初期の瞑想集中のエクササイズは、雑念への囚われを無くしていくためのもの。
いやむしろ、雑念に囚われる自分への囚われを無くしていくためのもの。
雑念に囚われたら、淡々と、戻るエクササイズ。

雑念にあまりにも囚われたときの工夫の一つ。 ドーリル博士の「ヨガの真義」には、集中の対象を押すというようなことが書いてあったと思う。
これを、「集中の対象を軽くする」に変えてみる。
集中がぶれればぶれるほど、その対象を、軽く微かに、あるいは遠くに感じるようにしてみる。
あくまでイメージなので、自分が納得できればどんなふうにでも。
軽く微かな対象を感じようと、マインドが調製を行いだす。
要は、集中の対象に、無理なく、適度に、心的エネルギーを向けるための心理トリック
軽くしていく心的作業が、そのまま集中になる。

タグ:瞑想 集中 雑念
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2007年04月18日

新月@牡羊座から

しばらく遠ざかってしまっていたこのブログ。
この新月期をきっかけに、また再始動したいと思います。
多分、これまでよりもっと、メモっぽいものが増え、雑多になっていく予感。

分野の基本は変わらないけど、拡がるかも?
同時に深くなると、望ましいな。

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