2008年02月09日

象徴を通してアクセス

生命の木へのパスワーキングなり、タットワの図形への意識の投射なり、誘導瞑想なり、なんらかの手順と、象徴的な図像を使って、別種の世界、別種の意識領域、別種の存在、情報のソースとコンタクトする方法がある。

これらは、一定の手順、図像が公式化され、熟練者の技術によって、あるいは大勢が、何度も使うことで機能するようになっている。
あるいは、伝統的に使われていて、無意識に訴えるなんらかの仕掛けが入っているものもあるかもしれない。

それらを使う時、馴染みのないものなら、それらが自分にとって、実感のできるものになるように、瞑想を加えたり、連想を広げて、自分に取って馴染みのあるレベルにまで繋げたりする、という作業が必要になる場合がある。

個人的に出来合いのものに見つからない、あるいはそれでは馴染めない、なにか特殊な所とアクセスしようとする場合、上記のようなことに倣って、個人的なシンボル、手順を作成することも出来るだろう。

W.E.バトラーの「Lord of Light」にハイアーセルフの領域に意識を転送する手順が載っている。
これはまず、ハイアーセルフという概念について瞑想、沈思黙考し、そこから得たものを表すシンボルを作る。
そして次に、そのシンボルに集中し、意識をハイアーセルフへと引き揚げる。 ちなみにこの段階では、(パーソナリティーではなく)ハイアーセルフ(というよりtrue self)のみが言いうる言葉として、ヨハネの黙示録第1章18節の言葉が取り上げられており、その線に沿って瞑想するように書かれている。
これは個人的なもの(シンボル)と公的?なものをつなぐ役割を持っているのかもしれない。

I am he that liveth and was dead and behold I am alive for evermore, and hold the keys of hell and death.
訳は第50週【黙示録1章1節〜7章17節】とか。
そしてこれは他のものと取り替えてもいいんじゃないかと思う。
要は、意識の焦点を合わせるためのシンボルを作る。パーソナリティーのトラップに掛かりそうなものは、独り善がりに陥らないような工夫をする、といった感じか?

ヘミシンクでこういう作業をやる場合、フォーカス12辺りか。
ガイドやヘルパーとの接触にも使えるかもしれない。
そして彼らのイメージは、モンローやモーエンの本から豊富に得られる。

個人的なシンボルとして一番身近にあるものは、かもしれない。
そしてそれを辿ることは、その夢が出てきた領域につながる、パスワーキング誘導瞑想と言えるのかもしれない。

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自分専用の生命の木

GD系のカバラの入門書には、自分の生命の木をつくる、とかいうようなことが書いてある。
照応の連想を広げて、あるいは新たなルートで発想し、自分で納得できるイメージで満たした生命の木を作ることはできるだろう。
では、それと、公的な?生命の木との関係はどうなるんだろうか。

個人的には、ソフトウェア開発で言うオブジェクト指向的な考え方を当てはめて、作業仮説にしてみた。

例えば「神秘のカバラ−」で読んだ象徴群の生命の木スーパークラスとして、自分専用のものはそのサブクラスとして導出する。
各照応物は、メソッド、あるいはアクセッサーに対比。

で、自分用のなんやかんやを付け加えるが、最後はきちんと忘れずにスーパークラスのメソッドを呼び出す、といった感じ。

だから具体的に何?ってことになるけど、何かそういうイメージでやってると、自分の中で収まりがつく。

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2007年06月11日

ベースイメージ

イメージ自己体験法」(門前進 著)にイメージが展開していくための起点、呼び水のイメージとして「野原」が使ってあることは、前にも書いた。
なんて言うのか、ベースイメージと言うか、スタートイメージと言うか。

僕の場合は、最近は、それが「空」であることが多い。
特にこれを使おうと意識してるわけじゃなく、なんかイメージでも見ようか、という気分の時に、まず浮かぶのが、「雲のある空」のイメージであることが多い。

メタミュージックの「CloudScapes」が好きだったり、空や太陽の写真を無意味にたくさん撮ってたりするので、ああ、そうだろうな、と思う。
あるいは、光次元絵画 愛が輝く神秘の絵画 武田育雄の世界 -究極の癒しの絵画・スピリチュアル・ヒーリングアート- 贈物や心のケアなどにどうぞにある金色の空の壁紙を一台のPCで使わせてもらってることも関係あるかもしれない。
もちろん、こんなにクッキリとして出てくるわけじゃないけど。

時にはいかにも空らしく、体感イメージで、グルグル回ったりジェットコースターみたいに移動したりもする。
そしてたいていの場合、イメージはあんまり関係ないものに展開していく。

なにか、起点イメージが「空」みたいな曖昧で、登場する要素も限られるようなものだと、その後あんまり展開しないような気もする。
でも、何度か体験して見て、そうとも言い切れない感じ。
要は、自分に親和性のある、馴染みのあるイメージなら、なんでもいい、ということなんだろう。 あくまで起点に過ぎないのだ。

そう言えば、心理療法家の人で、イメージ療法で、「壷」を起点として使ってる人がいるとかいないとかいう話を聞いたことがあるような気がする。
これはむしろECBかな?
(壺イメージ療法 - Wikipedia)
繊細に考えれば、使う題材というのは、深層心理的、あるいはオカルト的にも効果が違うのかもしれない。

ともあれ、今の段階では、使いやすい馴染みのある起点として、という考え方でいいだろう。
すると、GEで各フォーカスイメージ、あるいはフォーカス12ComPointなんかも、ご大層なものとして考える必要もなくなる。
そこから展開するための起点に過ぎない。
逆に、起点以上のものとして考えない方がいいのかもしれない
心理的には、各フォーカスに入った、という条件反射のためのアンカー、あるいは参考点、ラベル以上の何ものでもないのだから。

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2007年06月07日

ヘミシンク&ガンツフェルト

宮城県仙台市 リコネクション リコネクティブ・ヒーリング 東北・岩手・山形・福島・秋田・青森 ロハス レイキ伝授  スピリチュアルカウンセリング スピリチュアルヒーリング | 死んだふりセラピーで紹介されている安田隆氏のテクニック。
白い紙を見てホワイトアウトして変性意識状態に入るというもの。
これはガンツフェルト効果とか、ガンツフェルト法とかいうものじゃないだろうか。
知覚遮断、あるいは感覚遮断の一つの方法。
確かピンポン玉を切った感じのものを目に載せる。

ピンポン玉を均等に切るのは難しかったので、二つ使った。
で、端をやすりで丸める。
ものによるのかもしれないけど、切ったすぐ後は、ものすごくシンナーっぽい臭いがする。
このままでは目からラリっていきそう。
しかしそれは本意ではないので、よく洗ってしばらく置いておく。
すぐにじゃないけど、しばらく放っておくと臭いも取れてくる。
早く臭いが取れないかと、一度、熱湯で洗ったら半球が伸び切ってしまった。

で、できたのがこの写真。
雑な工作なので若干ボカシ
目にのっけるだけでもいいんだけど、固定用に枠をつけてみた。

写真のものは、はめ込んであるけど、目の上のピンポン玉に被せるだけでもいい感じ。

ガンツフェルトについて調べてみた。
超心理学講座・ガンツフェルト実験によると、外から光を点滅させたり、耳にノイズを流したり、といったことをすることもある、と書いてある。
これって、ひところ流行った(今も?)ブレインマシンってことじゃないだろうか。

というわけで、ヘミシンクCDのマインドフードHemi-Sync Meditation」を併用。
光の点滅は、ちょっとパス
目は開けているんだけど、体から浮き上がるような感覚が断続的に起こる。
ホワイトアウトした視界の中に入っていく感じだろうか。
ここガンツフェルト条件下での知覚変容プロセスについて書いてあって興味深い。

疲れて目を閉じてしまっても、それはそれでいい感じ。
適度な目の疲労で、逆に眼球がリラックスできる。
しばらく試してみようかと思う。

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2007年05月24日

朝の散歩

の散歩の時に思ったこと。

天地とともに、太陽呼吸する。
採り入れたを回流するのではなく、同時に一緒に
見渡すかぎりの風景、感じられるかぎりの空間と。

その自分の呼吸リズムも、世界呼吸を構成する周波数成分の一つとなる。

こんなことをイメージして感じたのは、鼻だけじゃなく、その先にある胸、というよりそのものも、一つの大きな感覚、知覚器官だな、ということ。

そして表現器官でもあるとも言えるのかな。

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2007年05月15日

思考の変性

ゴロンと横になって、考え事と言うか、あれこれ想いを巡らすと言うか、妄想に耽る感じの時。
それを止めて目を開けると、直前までの自分が、驚くほど奇妙な論理思考をしていたことに気づく。
その時は、はっきりとした意識状態にあって考えてる、と感じていたにもかかわらず。

変性意識状態というのは、実に簡単に、そして頻繁に体験しているものなんだな、と思った。

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2007年05月11日

チャクラカラー

花の写真をいくつか撮った。
その時に思いついたけど、チャクラの色のイメージを、花でやるのは、気持ちいいだろうな。
Flickr!でflowerとかのキーワードで検索すると、きれいな写真がいっぱい出てくる。

通常は、普通にPC上の色だったり、絵の具みたいなものだったり、パワーストーンだったり、オーラソーマのバランスボトルだったりするけど。

そう言えば、僕は、パープルと、ヴァイオレットの区別ってのが、イマイチついてないような気がする。
すぐ、どっちがどっちだっけ?と思ってしまう。
こういうのって、チャクラの活性度とかと関係あったりするんだろうか。
しっかりラベリングしてないだけか・・・

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2007年05月07日

動きを見る

動いてるものを見ている時でも、動きを見ることと、それを静止画の連続として見ることとは違うんじゃないだろか。
テレビとか、その他の動画を見る時でも、それを動きとして見ているかどうか、でなんだか知覚されているものが違う気がする。
具体的な方法としては、単なる気の持ちよう、としか言いようがないけど。

ただ、最近、歩いている時などに、特に周辺視野を意識しながら、風景が流れて行く様を追っている。
自発的なイメージが動くことが増えた、というのもこういうところが関係しているのかもしれない。

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2007年05月02日

意識の不動点定理

トポロジーという数学の分野に「不動点定理」というものがあるらしい。
これは手っ取り早く言えば地球上を風が吹いても、どこかで必ず静止している点が存在するということらしい。

この地球という部分は、トポロジー的にそれに似たもの、コーヒーカップの中のコーヒーとか、バスタブの中の湯とか、部屋の空気とかに置き換えることができる。
トポロジー的に似ているというのは、切ったり貼ったりせずに、伸ばしたり縮めたりしておんなじ形にできる、ということだとか。

吹き荒れる風にも、スプーンでかき混ぜたコーヒーにも、暖房や冷房をいっぱい掛けても、どこかに必ず動かない点が存在する
それはどこにあるのかまでは、言えないが、存在することは証明されてるらしい。

これを瞑想とかイメージワークをしている時の意識に置き換えて想像してみる。
そこに雑念妄想や、言葉の嵐が吹き荒れても、どこかに動かない点がある。

雑念云々にこだわるよりも、その意識の不動点を探る、感じるように、心的作業の方向性を変えた方が、効率的かもしれない。

そのやり方が分からない。
その場合は、知ってるつもり、でやる、ということかな?

参考文献:川久保勝夫「トポロジーの発想」(講談社)

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2007年04月26日

知っていると想像してみる

知らないことを知っていると想像してみる。
できないことを出来ると想像してみる。
やりたいことを既にやっていると想像してみる。

どんな気分だろうか。
どんな風にやっているだろうか。
それを使って、さらに何をするだろうか。
自分の環境にどんな影響があるだろうか。

オーラが見えたら。
体脱が出来たら。
ガイドと思うままに交流できたら。
ヒーリングエネルギーをチャネルできたら。

内なる智恵があり、それが働いていることを信じるなら、自分がすることは「知らない、できない」と言って、その働きを邪魔することじゃない。
「知ってるふり、出来るふり」をして、その智恵がスムーズに流れ込む型をつくること、ということなんだろう。
そして共鳴引き寄せの法則によっても、能力実現する。

もしどのようにやったらよいかわからない場合でも、自分がそれをやっているつもりになって下さい("サネヤ・ロウマンパーソナルパワー」"より)

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2007年04月19日

イメージワーク中の視点

イメージの喚起的な手法によってイメージが展開している時。
平たく言えば、夢、白昼夢、的なイメージワークをしている時。
イメージが動きだして、「お!」と思って注目すると、途端にそのイメージがどこかにいってしまう、ということを体験した。

カスタネダドン・ファン・シリーズの夢見のところで、「夢のイメージに焦点を合わせず、どんどん視点を移動させろ、見る対象を変えろ」というようなアドバイスがあったと思う。

これは、ほんとに夢見の時だけのことじゃなく、その種のワークの時全般に使えることなのかもしれない。

見た、あるいは感じたイメージに対して、理性的な解釈が始まる前に新規なものに対象を移し、いわゆる左脳オーバーフローを起こさせる心理的なテクニック、と言えるのかも?

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淡々と軽く

初期の瞑想集中のエクササイズは、雑念への囚われを無くしていくためのもの。
いやむしろ、雑念に囚われる自分への囚われを無くしていくためのもの。
雑念に囚われたら、淡々と、戻るエクササイズ。

雑念にあまりにも囚われたときの工夫の一つ。 ドーリル博士の「ヨガの真義」には、集中の対象を押すというようなことが書いてあったと思う。
これを、「集中の対象を軽くする」に変えてみる。
集中がぶれればぶれるほど、その対象を、軽く微かに、あるいは遠くに感じるようにしてみる。
あくまでイメージなので、自分が納得できればどんなふうにでも。
軽く微かな対象を感じようと、マインドが調製を行いだす。
要は、集中の対象に、無理なく、適度に、心的エネルギーを向けるための心理トリック
軽くしていく心的作業が、そのまま集中になる。

タグ:瞑想 集中 雑念
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2007年02月01日

カメラと視覚化と意識水準

最近、写真をよく撮る。なぜだか主に、太陽とか雲ばかりだけど。
すると、ごろんと横になって、なんとなくイメージを感じようとするときに、自分が撮った写真の視覚イメージが湧いてくるようになった。
これが結構はっきり感じる。

以前、イメージのイメージという記事で、3D景観作成ソフトTerragenを使うことで、視覚化のトレーニング効果があるというようなことを書いた。

ちょうどこれとおんなじ感覚だ。
やってることは、写真を撮って、FlickrにそれをUpする時に、チョロッと見直すくらいのことだから、効果だけを考えるなら、手軽な方法だ。

あと、ちょっと思いついたんだけど、自己催眠や、リラクゼーション、そうでなくても入眠時などで意識水準を下げると、視覚イメージが見やすくなるということがある。
これは、浮かびやすくなる、というよりも、こんくらいのもんで、はっきりしてると感じる、というようになるんじゃないだろうか。
つまり、視覚イメージにの鮮明さに対する要求水準が下がる、あるいは、鮮明さに関する感度が上がる、ということなんじゃないかと。

マインドがゆる〜くなって、これでいいや、むしろすごい、ぐらいの気分になるんじゃないかと。

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2007年01月20日

アファメーション空間

アファメーションは、断言、自分への宣言であると同時に、世界、宇宙への宣言、メッセージだろうと思う。
だから、外への方向性を意識したほうがいいに違いない。
GEなんかでやる時は、つまりゲートウェイ・アファメーションの時だけど、EBTとかに載せて打ち上げて、花火みたいに拡げたり、といったイメージを使ったりもしている。

でも通常は、直接、音を空間に響かせるような感覚を持つようにしてる。 もちろん、音声にしてやってるわけじゃないけど。
この方法を部屋の中でだけやってると、どうも響かせる空間が狭くなる。
そこで、見晴らしのいいところで、開けた空間を感じながら、アファメーションをする、ということをしてみた。

ぐるっと見渡して、前後左右、天空を見渡す。
目をつぶってそれらの方向の空間を意識に入れつつアファメーション。 空間に伝わる感じを触感的なイメージで感じるようにしてみる。

一回やったら、その時の感覚を思い出すのはわりあい簡単。
すくなくとも、その時の記憶を再現すると、蘇ってくる。
空間が、アファメーションと共鳴するイメージというのは、なかなかのもの。
なんて言うのか開かれたアファメーションというか、公共性をもつと言うか。

そのうち、地球全体とか宇宙とか、肌で感じながらアファメーションできるといいな、と思う。

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2006年12月27日

実在感のイメージ

物体に対して集中する時など、そのものの実在感のようなものを想像力で作り出し、イメージで感じるようにする。
僕の場合は、そのものの質量感、重さ、のようなものを意識すると集中しやすいようだ。
なんとなく、その対象を持ち上げたら感じられるだろうな、という感覚を意識の中で保持する。

結局のところ、見て集中する、ということは視覚という一つの感覚のチャンネルだけで、対象を心の中に保持しようとすることになる。
記憶術などでは、五感をフル活用して覚える、などということが言われる。その方が、記憶対象が心に残り、想起する時にも、手がかりが増えることになるから。これはそのまま、集中力を発揮しようという時に必要なことだ。

でも、なんだか記憶する時は記憶する時、なにか視覚像とかに集中する時は集中する時、というように分けてしまっていた。
妙なもんだ。例えば、六芒星をイメージする時、それに重さのイメージを付加し、そこから音が響いていると仮定し、香りが漂ってくると思っても、自由なはずなのに。

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2006年11月17日

ヴァイブレーションを取り入れる

圓寂坊の現実! - 声音改運法に「理想とする人の声を聴いてそのヴァイブレーションを取り入れる」というようなことが書いてあった。
GEをやる上ではやっぱりロバート・モンローだろうか。
英語版を聴く時に、それを意識してみるのもいいかもしれない。

でも、ヘミシンク信号が入ってるからその他日常で聴くわけにもいかない。
エクササイズ冒頭のイントロダクションを集めて編集するとか、持ってはいないけど、GHのサポートアルバムに入ってるらしい対談とかか。

上記の記事には、この方法のさらに発展形があるようなことも書いてある。
それがなんだかは分からないけど、例えば、その人の名前なんかも使えないだろうか。
考えてみれば、仏の名号、「南無阿弥陀仏」とか、神道では「アメノミナカヌシ」「アマテラスオオミカミ」などの神名が唱えられる。
おんなじように「ロバート・モンロー」と・・・。
あんまりやると、神格化してしまいそうだ。

待てよ、ヴァイブレーションを取り入れる=真似する、と考えればアファメーションなんか、モンローのモノマネっぽくやるとさらにイケルかも?
あのGEのアファメーションはモンローが作ったものだろうから、考えようによっては彼の真言とも言える?

なにはともあれ、久しぶりに取り上げるけど「頭脳の果て」のモデル思考のテクニックでのキューとかにはなりそう。

写真を眼前に置き、声を耳で聞き、名前を唱え、印を結んで・・・
ここまでは、やり過ぎか。
でも、案外、おもしろそうだ。

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2006年11月16日

メンタル・スクリーン

メンタル・スクリーンというのは、シルバ・メソッドの用語。
通常の視線から約20度上方、約2mほど前方に設定する、視覚イメージを作る土台。
体の外に作る、というのにも意味があるのかもしれないが、ちょっとよく分からない。
少なくとも、目蓋の裏、と考えるよりは、目の緊張が起きにくいかもしれない。

「奇跡の超能力[第三の目]獲得法」蹟見冠著(学研)という本がある。
そこに、このメンタル・スクリーンの発展とも言える、暗闇の映画スクリーンというアイデアが載っている。

視覚イメージを作ったり、見たりするための土台が、そもそも何か映って当然のものである、という大前提を組み込む。
すると、自然に映像の期待が出来る、という心理的トリックだ。

ちょっと前にこれを思い出し、なんとなく見えてる感じの映像に「これをムービープレイヤーで見ている」と捉えるようにしてみた。
普段、PCで動画を見ることが多いので、個人的には違和感のない設定。

すると驚いたことに、その映像が動きだした。
なにかのCGっぽいキャラクターが遊んでるような。

ちょっとしたことで、体験が変わったのは面白かった。

今思いついたけど、これを、時空のWebからファイルを取って来て表示してくれるプレイヤーだと考えると、RV的になるかもしれない。

さらに、同書には、「真っ暗でなにも見えないのは、逆に、たくさん映り過ぎて、像が重なってしまっているため。やがてそれらは分離されて明確になる」というような内容のアイデアも載ってた。
これなんか、RV的なことにトライする時に役に立ちそう。


"http://blog.goo.ne.jp/lohengrin_net/e/06656d9859095b1a95e60231ddaa5a26"

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2006年10月28日

マカバ瞑想

マカバ瞑想というものについてちょっと調べた。
どうも、二つか三つくらいの流派がある感じ?
マカバ・MERKABAとは
祈りと瞑想(マカバ瞑想)によるノンリニア・アセンション セイクリド・マカバ・テク二クス/Sacred Merkaba Techniques
「マカバの秘密」

1番目にするのは、やはりFOL(Flower of Life)のもの。
よりみち-MARKABAに詳しい説明があった。
自分の周りに、上下逆さに重なった三角錐をイメージし、それらが逆方向に回転するところをイメージするようだ。

貼り付けた動画では、△(上向き)の三角錐が向かって左へ。▽(下向き)のが向かって右へ回転してる。
けど、実際、どっちをどっちに向かって廻すのかは、よく分からない。

この本家Flower of Life - Flower of Life Teachings - Merkaba Meditation, Drunvalo Melchizedek, Sacred Geometry, Egyptian Mystery School, Right Eye of Horus, Thoth, Star Tetrahedron, Ascension, Spirituality and Metaphysicsには、座位での図も載ってる。

ぷらーな三千世界 ブログ:ブレナン・ヒーリング・サイエンスワークショップ - livedoor Blog(ブログ)によると、このタイプと同じマカバに関して、「光の手」のバーバラ・アン・ブレナンが言及してる!

回転するエネルギーフィールド、というと、REBALさらには、GD流魔術の中央の柱を連想する。
中央の柱は仙道辺りが起源かと思ってたけど、カバラということで、このマカバと繋がっているのかも?

やっぱ、REBALは、回転させた方がいいのかもしれない。

"http://blog.goo.ne.jp/lohengrin_net/e/435e72dfd0da7443356be6f1eaf61da5"

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2006年10月24日

イメージのイメージ

「イメージ自己体験法」門前進 著(誠信書房)に、次のような感じのことが書いてある。

「目の前の微妙な感覚をイメージだと思うことの大切さ」
イメージを見ようとしても、最初は曖昧で、おぼろげな記憶像のようなものとして、切り捨ててしまうかもしれない。
しかし、ここで、それを『イメージである』として捉え、それを味わっていくことで、次第にそのイメージは鮮明になっていく。

そして、イメージを体験する練習として「野原のイメージ」をスタート地点にする、ということが書かれている。


ところで、最近、「Terragen」という3D景観CG作成ソフトを触っている。
何度か使いだしたり、やめたりを繰り返してるソフトなんだけど、使いだすと面白いんだこれがまた。
非商用で、問題にならないくらいのわずかな機能制限を受け入れるなら、フリーで使える。
どんなことができるかは、以下のサイトかが参考になる。


テラジェーンな世界〜Terragen World〜
超簡単入門あり

散歩ジャーナル
日本語マニュアルあり

Terragen 初心者の為に
より詳しいチュートリアル


で、ポイントは「描く」ソフトなのではなく、「作る」ソフトであること。
基本的には、パラメータをいくつか指定するだけで、美しい景観CGが出来上がる。
もちろん、懲りだせば、「手」を加えることは可能。

こういうのを使ってると、試行錯誤のうちに、作られる絵をよく観察する。
おまけに、ネット上でいろんな写真を注意深く見るようになる。

「自分が描く」という視点で見るようになる。
普段の注視とは、内容が違う。
絵を描く人の観察力はこういうところからくるんだろうな、と思う。
もっとも、ここでは「作るつもり」というものだけど。


で、やっと本題に入る。
そんなこんなで、Terragenを触った後は、かなりイメージが浮かぶようになった。
むろん最初は
曖昧なイメージ
こんな感じ。いやもっと曖昧。むしろ雰囲気。
一応海辺なんだけど。

これを海辺のイメージだ、として感じていると、
ぼけたイメージ
こんな風に感じられてくる。
もちろん、最初は呼び水を差す意味でも、そのシーンに人を登場させてみる感じを持ったり、その風景の色を感じるつもりになったりと、色々やってる。

とりあえず、「味わう」ってことは、なんか色々やるってことで。

そして時々、一瞬だけど
薄いイメージ

この程度には色づいて感じられる。

その途上、なんだか色々、イメージが切り替わる。
弾みがついて、動きだせば、それに任せる。
ネガティブなものが出てきても、特に否定したり、クリアするようなことはしない。とりあえず。


ただ、フォーカス15でこれをやったものだから、せっかくのStillnessが・・・┌(。Д。)┐ あはは♪

"http://blog.goo.ne.jp/lohengrin_net/e/20f00a749091b169b9f224633bf3f516"

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2006年07月26日

メンタルトレーニングのメンタルトレーニング

深いリラクゼーションに入ったら、どんな感じがするか。

深い瞑想状態に入ったら、どんな心境になるだろうか。

意識が拡大したら、どんな感じがするか。
何が見えるか。何を感じられるか。

ガイドのイメージが見えたら、どんな感情が湧くか。
何を考えるか。

この色彩が、この形状が明晰に視覚化されたら、どんな気分になるか。

受動的にイメージがドンドン浮かんできたら、どんな気分で、態度を取るだろうか。

体脱して浮遊するのは、どんな体感があるだろうか。


こんなことを、ゆっくり想像してみるのも、なかなかいい感じ。

メンタルトレーニングの、一エクササイズも、願望達成、技能の現実化と考えれば、想像して楽しむのもありかな、と。

ま、結果は思わぬ形でやってくる、ということを念頭に置いてオープンな心境であれば、予断を楽しむのも・・・・┌(。Д。)┐ あはは♪

"http://blog.goo.ne.jp/lohengrin_net/e/b8495a5170ad13a9ed1dd199be17a199"

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